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岩手県大好き

こぶし (478x640)
1本の木にモクレンとこぶし

なぜ、岩手県には原発がないのか― 一人の保健婦さんの活動

 「吾が住み処ここより外になし」(著者:岩見ヒサ)という本が手元にある。岩手県
田野畑村元開拓保健婦さんの人生を自ら綴った一冊です。ここには、大正生まれの女性の
人生の一般的な道(今でいうキャリアウーマンだが、そんなカッコいいものではなく)
と、自分の道をたどることで、おのずとわかってくる「健康観」「環境と人間」「家庭」
そして「原発など巨大資本が、環境を壊し、健康を蝕み、そして、ついには、人間が住めない土地を生み出してしまう悪徳」であることを、日常の活動から明らかにする記録が詰まっています。この本が一冊あれば、今の政治や国民の置かれた状況が、素朴にわかる。
「・・土地を売り渡し大金を手にした六ケ所村の人たちは現在、幸せな生活を送っているのだろうか?」(本書P127)と彼女は案じている。この本が書かれた2015年―決して六ケ所村の人を非難しているのではない、本当に案じているのです。
 彼女の(この本の)たどった道については、岩手県の方で、「ゾウさんと暮らす」というタイトルで書かれている女性の方のブログ、2013年3月に、詳しく、正しく書かれています。ご参照ください。

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矜持ーつづき

カーテン (640x480)カーテン


「矜持」のつづき:オリンピックを出汁に。

  「矜持」を英語にどう訳すのか。プライド?でしょうか。オリンピックのような出来事があると、良くも悪くも、すべてのことが大きく見えやすくなるものです。まず、自分のオリンピックに対する立場ですが、オリンピックに反対です。(非国民―という声が聞こえてきそう)大規模すぎる、というのがその理由です。国立競技場の建設でも問題がありました。いちいち反対していたら、大規模なイベントができないよ、という声もありましょう。しかし、この時の予算超過はすごかったですね。270億円。しかし、しかし、お金は安ければいい、という意見でもありません。(-ややこしいなー賛成なのか反対なのか、どっちなんだよ、と言われそう)観点はデザインと矜持です。ザイード氏のデザインした競技場を擁護する意見もありました。デザインは素晴らしい。問題は、予算を膨らませてしまった無責任体制にある、というものです。デザインの話しには、責任はつきものです。
「デザイン」という言葉の曖昧さ。日本側の審査員にいた安藤忠雄氏にしても、自分の専門として、いいデザインだと思ったから推した、わけで。でもそんなに予算が膨らむ責任まではとれない、という言い分でしょう。
  同じような話で、エンブレムにまつわる盗用問題もありました。ベルギーのデザイナーの作品に酷似しているという話で、佐野氏のデザインがあっさり、却下されてしまった。
いいデザインだと思ったんですが・・(個人的感想)この場合、問題なのは大会組織委員会の態度です。同じような話がロンドンオリンピックの時にもあったそうですね。その時、ロンドンの大会組織委員会は一般からの不評を受けて、「ダイナミックでモダンなおかつフレキシブル。最新テクノロジーと古い伝統が交差する現代のイギリスのイメージ」と説明しました。「すべての人の趣味に合わせることはできない。でも、このロゴはフレキシブルで、5年の間でさらに進化していく。2012年までには、このロゴへの親しみが増し、より多くの若者を取り込む有効なブランドになる」と言葉を付け加えました。
  ちゃんと、募集のときにコンセプトを説明できること。そのコンセプトにあった応募作品なら、そして、その中で一番いいなら、一般から不評でも、きちんと説明し返すことができる。-これが、デザイン大国の矜持だと思うのです。
  一方、日本組織委員会の態度は「問題がおこった。不祥事だ。うーん一般の声に抗し切れない。白紙に戻して(便利な言葉) 一般から公募だ」ということで、子供に選ばせるような態度をとるのです。一般(って誰?)もそれでいいってわけ。
  日本でオリンピックのような、大規模・グローバルな大会は、開くには100年早い、と言わざるを得ません。もしくは、日本人は日本人サイズの矜持を(小規模な)持とうよ。
(「日本人」は誰か、という話はまた別)というわけで、私はささやかな矜持を目指します。
―続く

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SFは面白い?絶望?

の色冬 (640x478)
冬の色

   SF(Science Fiction)では、タイムマシンにのって、過去の誰かに会いに行ったり(未来の自分に会いにいったり)しますが、「過去の誰か」しか居ませんね。何が云いたいか、というと、前回のSFの話しで、出てきた映画で検証しますと、①「2001年宇宙の旅」では、次元を超えた主人公は、未来(?)で、自分に出あいます。自分の誕生の姿ですから、やはり過去です。 ②惑星ソラリス-では、自分の一番思い出したくない、おぞましい過去を幽体として出現させ、結果、「自己とはなにか」「人間とはなにか」という哲学的問いを発します。しかし、ともかく、惑星ソラリスまで出向いて、結局出会うのは、自分の記憶です。エンディングでは、主人公が父親の住む家を訪ねます-実はこれも、ソラリスの記憶の海に浮かぶ島なのですが―小説にはない場面で、映画監督のタルコフスキーの演出には異論もあったそうですが。③先日、TVで久しぶりに「コンタクト」(カール・セーガン原作 ロバートゼメッキス監督)を見ました。ジョディ―フォスター演じる主人公が、異星人の云う通りにつくった宇宙船に乗って(座って)行った先で出会うのは、懐かしい亡くなった父親。(これは、異星人の借りの姿なのですが。異星人の姿のままでは、ジョディ―が腰を抜かしてしまうか、はたまた、そもそも、見えないか)④ブレードランナーでは、もちろん出演するアンドロイドは人間が演じています。

  つまり、人間がつくる小説であり、映画である限り、人間の姿以外のものは、想像できないのは当たり前の話。 いや、姿なんてどうでもいい、タコみたいな異星人がでてくるなんて3流のSFの証拠やないか。というわけで、姿なき自己や記憶、人間という実存をテーマにしたとしても、私たち人間は、人間という自分から離れて、客観的に自分を見ることはできないのです。絶対に無理! “Know Yourself ”と言ったソクラテスは永遠に正しい。しかして、人間は決して自己を知り得ない、絶望。「宇宙には夢がある」とか子供に言いますが、本当?と思います。


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制服考 ②

歩道橋からみた夕日
歩道橋から見た夕日:特別な日

「揃う」と「揃わない」

 この、私が「制服」の意義を強調しなければならない羽目になった。つい、この間「制服考」をこのブログに書いたばかしだというのに。人生皮肉であるが、私は、どんな仕事もひょいひょいと引き受ける主義だ。(懐が深いウーン)ただし、倫理に反しなければ、あるいは、権力への忖度でなければ。
 「制服」って権力への忖度でしょう、と言われますか?「忖度」で着ている人はいません。
着ないと、罰せられるからで、制服が嫌な人は、その制服の枠外に居ればよい。アウトローですね。その範囲が、昨今、段々、狭められている感じがするので、私ら、反抗世代は、世の中、居場所がなくなるような、嫌な感じがするのです。基本「揃いたくない」
 「踊り」について、橋本治さんが「知性の転覆」(朝日新書)という本の中で、秀逸な例を出されています。(この本の中で、橋本さんの自分の位置づけは、ものすごく、自意識過剰なので、そこへの感想は別項として)「踊り」の例を引用させていただくならば、「阿波踊りがあまりに整然と『揃いすぎて』いる」と述べています。「そこには、『個』を消して『全体の美』を作り上げるという主張があるようにみえる」と。もちろん、整列ならば、北朝鮮の軍隊や、かつてのナチスの行進に、枚挙の例がないですが、「踊り」は行進じゃないだろう、と思う訳です。同じような、嫌な感じを、私は「YOSAKOIソーラン踊り」にみます。また、近年の、TVでのヒップホップ系のグループの踊りも「整然ではない」ようですが、今度は、筋肉体操にしか見えない、という問題があります。(およそ、芸術とは程遠い)
  逆に、黒人の人達のゴスペル合唱団などは、同じ動きを、それぞれが主張しながら歌う
(という感じわかるでしょ)ので、パワフルで、美しいのです。揃っていながら、個が埋没していない。同じような例で、橋本さんは、日本の古典芸能を挙げています。「三味線、鼓,
謡、笙、篳篥(ひちりき)などが指揮者もなく、戦いのように自分を主張することで、そこに、なんと『美』が生じる」という。洋の東西を問わず、また新旧を問わず、「揃えばいい」「揃ってないからダメだ」ではなく、そこが差です。
  さて、「制服」ですが、(着るなら)揃って着てこそ「きれい」。でも、個性は主張してほしい。-「着くずし」ではなく、きちんと意見で。

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最近の新聞

 絵

  最近の新聞の論評は昔の社説とちがう。昔の社説は、誰が誰に行っているものかわからず、内容も八方美人だった。なので
自分の論を磨くのに、高校の教師が、「新聞の社説を要約しなさい」などと言っていることが理解できなかった。(ついでに「天声人語」を書き写したりするのも嫌い)  
   しかし、最近の、特に女性記者、いいですね― 誰に忖度するでもなく。今回は、私が書くより、読んでください。勝手転載します。 内容はちょっと前の、衆議院の解散についてですが・・・

(政治断簡)負け犬?上等じゃないの 編集委員・高橋純子
http://www.asahi.com/articles/DA3S13182125.html
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プロフィール

Ali  Batoota 

Author:Ali Batoota 
アリ バトゥータ
年齢・性別・国籍-不詳
関心事は、ファッション、政治、教育、言葉、生物、映画-なんでも

but,I have my own opinion.

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