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人間て

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鉄路と桜


   人間ていうものは、つくづく「言葉の生き物だな」と思う。言葉で考え、言葉に生きる。特に、この近代以降は、人権、自由、平等などという抽象をあるものとして、いわばフィクションの近代国家を作り上げてきた。ここで「国家」だけはリアルな「領土」のままである。その領土に見えない国境線をひいて(ということはやはり、フィクションか)面積の広さを奪い合うことを人間はしてきた。渡り鳥には国境線なんてないのに。滑稽。
   「自由」「人権」「平等」などは、それを信奉する人にとっては、命を賭けるものに値するフィクションだ。そういった、目に見えないものだけれど、やっと辿り着いたものを基盤に議会制度や選挙制度を築きあげてきた、ところもある。フィクションだけれど、サクサクとそれらを実現することによって効率よく人間同士の統治もすすみ、小競り合いや殺し合いは姿を消した。安心して働けることで作物の収穫量は増え、頭をつかえばお金も貯まる社会になった。つまり先進国と言われるところ。逆にいまだに、リーダーの欲に基づいて、統治が行われている場所もある。内乱状態のアフリカ、南米の一部の国々。国王に捧げる処女の踊り、なんてことをしている独裁国家。あまりに肉欲そのもので滑稽。
   しかし、質が悪いのは、フィクションであれ近代国家として民主主義を標榜してきた国々で、「あれら―人権、自由、平等―なんて、どうせ嘘じゃん」と気づいた(!)指導者たち。これらの者たちは、詭弁を弄することになる。一番身近な例を出そう。A首相は、「オリンピックまでに共謀罪を成立させる」という。なんの論理性(フィクション)もない。「オリンピック」と「共謀罪」に何の関係もない。「オリンピックまでに(どこそこの)道路を補修する」というのならわかる。しかし、「オリンピック」と言えば「テロだ」「テロ」は誰がするかわからない謀議だ」「だれがするかわからないから、誰でも捕まえられる法律が必要だ」-むちゃくちゃでござりますがな。「風が吹けば、桶屋が儲かる」の論理と言えば、聞こえがいいが。
   で、元々の議論がフィクションを元にしているものだから、野党も追及できない。「関係がないものを関係づけるのが論理だ」くらいにしか思っていないので。最初に、「自由」や「平等」や「人権」を信じていないから。信じるという意味では、神国日本を信じている人も「信じて」いることに変わりはない。どちらが、「信念」が強いかの争いですか?―いや、そもそも約束違反だ。なぜなら(近代の約束によってできているはずの)選挙で選出された首相だ、と言って威張っているのがあんただから。その他の約束も守ってくれなくてはいけないでしょ。 
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