FC2ブログ

おかげさまでトランプ

2木立 (640x478)
朝靄の木立

    おかげさまでトランプ現象(勝利)のせいで、今まで当たり前に思っていた「民主主義」の理念を知識人が見直すことを始めました。今日11月15日のネットニュースに、ニューヨークタイムズ紙が謝罪(?)記事を載せたと書いてあります。曰く「ニューヨークタイムズ紙はトランプ氏の言動を批判的にみて、彼と彼の支持者たちを過小評価した。今後は公明正大な記事を心掛ける」という内容だそうです(原文を読んでいないので、ニュアンスはよくわかりません)また11月17日付け朝日新聞オピニオンにはエマニュエルトッド氏(仏人類学者・歴史学者)や渡辺恒夫氏(笹川平和財団特任研究員)が「見過ごされてきたもの」として意見を述べています。その中でエマニュエルトッド氏は「パリのテロ後に、『私はシャルリ』と言っていた人達を思い出させます」と述べています。つまり、この人たちは、自分たちの価値観を至上このうえない立派なものだと信じている能天気な人達だ」といいたいのです。確かに、ちょっとカッコよすぎて、相手(テロリスト側)への思いやりにかけていたかな、とは私も少し思います。しかし・・・
    私は、ニューヨークタイムズ謝ることないのにな、と思います。トランプが差別的発言をしてきたことは事実だし、それはいけない、と言い続けることは、例え、トランプ氏が大統領選で勝とうが、負けようが―良識ある新聞ならば、批判すべきだし、どちらに肩入れするか、意見を表明する際に勝ちそうな方に賭けるという態度でないところが、さすが、アメリカ民主主義国の新聞社だと思っていました。
    トランプ氏が大統領選に勝って、その後、態度を宥和的に変えた、というのも「大人の態度」のように言う向きがありますが、単なる「嘘つきじゃん」と思います。政治においては言葉がすべてでしょう。言葉で理念を語るのが政治家―特にトップのすべきこと、と私は考えますが、残念ながらトランプ氏の言葉は「くそ」でした。(あらら、同じレベルになっちゃった。こういう罠にはまって、クリントン氏も敗北宣言のような、高邁な言葉を述べる機会を逃してしまったのだけれど)「くそ」を今度は「宥和」のような言葉で飾ってみても、その人に対する不信の念は消えません。
    自由、平等、博愛、権利―こういったものの至上性をもう一度考えてみよう、とするのはいけないことではありません。実際、これらの理念を具現化する制度自体はずいぶん不備が目立ちます。あるいは「国家」という制度も弊害が目立ちます。けれど、バートランドラッセルがかつて述べていたように、代議制はベストではなくてもベターな制度だと思います。そして、「あなたの『ものを言う権利』は私が反対派でも守ります」という態度を表明する理念は、西欧近代民主主義以外に見当たりません。(以前、村の寄り合いで、そういう態度を表明していたお年寄りを散見しました。民主主義などという言葉を使わなくてもそういう態度はみんなで、意見を持ち寄るときには昔から大事にされてきたのだな、と知りましたが)
    クリントン氏は敗北宣言の中で、女性の権利、について理念を語りました。クリントン氏については、献金の問題やら、財団の問題やら、メール問題やら「嘘つき」というレッテルが同じくらい貼られている人だということはわかっています。実際、嘘もついているでしょう。しかし、理念を最初と最後に述べたことで、その嘘は霞みます。建前と本音は、建て前が上なのです。ことにその建て前が「民主主義」である場合には。

スポンサーサイト

  1. 未分類
  2. / comment:0
  3. [ edit ]


 管理者にだけ表示を許可する
 

プロフィール

Ali  Batoota 

Author:Ali Batoota 
アリ バトゥータ
年齢・性別・国籍-不詳
関心事は、ファッション、政治、教育、言葉、生物、映画-なんでも

but,I have my own opinion.

最新記事

最新コメント

カテゴリ


« 2018 10  »
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR