FC2ブログ

易しいことは・・第三回

③虹 (640x478)
写真:にじ



  ここでちょっと援軍を頼みます。「香山リカ氏の、新しい『リベラル』の話をしよう」の[5]で「知性の海抜ゼロ地帯」の出現」がタイトルとなっている文章があります。詳しくは朝日新聞のWEBRONZAをお読みになって頂きたいが、その中で、さらに佐々木敦氏の文(「未知との遭遇」の一部)が紹介され、「啓蒙のベクトルがどんどん落ちていく」ということが話題となっています。そこでは「教えてあげる君」と「教えて君」との間の、わかりきったことを「親切に」教え―教えられる関係が述べられていて、自分で調べればわかることを聞いているうちに、どんどん知力が落ちていく「背筋も凍る」状況が述べられています。

  もちろん、他人のことをあげつらう前に自分もそういう状況の中にいた、ということに気づかされてゾッとするのです。しかし、この「わかりやすく教えて病」はいつから、どこから、そうなったのでしょう。香山さんは新書ブームから、という見方を示していますが、私の実体験からすると、予備校の責任は大きいと思います。今から30年くらい前、かなりの人数が予備校というところを通過し、そこでよくも悪くも「面白い授業」に出会いました。高校の授業は本当につまらなかった。それに比べると、教えることで利益を得ているインストラクターたちは、予習に時間をかけて(高校の先生は雑用で時間がない)質問をあらかじめ予想し、「そうきたらーこう答えるか」を考えて授業に臨むのです。エピソードを交えて。

私の担当科目は語学でしたから、もちろんエピソードが満載で、予習の段階でエピソードを集めるために、読書(といっても雑学)が欠かせませんでした。語学といっても、「解釈」なので、中に書かれている内容は様々、生物学から心理学、小説から詩までありました。

  エピソードというのは、主にその出典や著作者にまつわるものが多く、経済学関係だと、その頃ではフリードマンの「選択の自由」のほんの一部が英文で紹介される。ほんの一部でピッタッとした日本語訳をするというのは、考えてみれば高校生には酷な話で、そこで、話はアダムスミスから、ケインズ、マルクスまで経済学の歴史を自由という観点から概観するという無謀な(たぶん、この文をを読まれた方はそんな芸当が私にできるのか???と思われるでしょう)なことを90分内に行い、そして、タイトル “free
to choose” が「自由に選択していい」ということを学ぶのです。誰がエラソーに「自由に選択していい」なんて言うの?と問い「大きな政府、小さな政府」というところへ行きます。そうやってたどっていくと、案外、英語で読むと経済学って面白いじゃんというところへ落ち着くのです。-これで授業はおしまい。考えてみると、大学入試というのは、大学へ入るためのものだから、大学へ入ってからやる科目のさらに入門編を入試では出題するので、勉強する方もその入口の面白さを理解する、というのはまんざら間違いでもないのですが・・・しかし、怖い!と今、思います。私なんかの理解で学生に教えていたのは。話を戻します。佐々木敦氏が「教えてあげる」は他の人に任せておいて、自分は「未知なるものへの好奇心/関心/興味を刺激することの方をやはりしたい」と述べていますが、本当にもっと「「未知なるものへの好奇心/関心/興味を刺激することの方を」をしてあげなければいけなかったか、と思うこの頃です。(これも大それた野望ですが)
スポンサーサイト

  1. 未分類
  2. / comment:0
  3. [ edit ]


 管理者にだけ表示を許可する
 

プロフィール

Ali  Batoota 

Author:Ali Batoota 
アリ バトゥータ
年齢・性別・国籍-不詳
関心事は、ファッション、政治、教育、言葉、生物、映画-なんでも

but,I have my own opinion.

最新記事

最新コメント

カテゴリ


« 2019 03  »
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR