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制服考 ②

歩道橋からみた夕日
歩道橋から見た夕日:特別な日

「揃う」と「揃わない」

 この、私が「制服」の意義を強調しなければならない羽目になった。つい、この間「制服考」をこのブログに書いたばかしだというのに。人生皮肉であるが、私は、どんな仕事もひょいひょいと引き受ける主義だ。(懐が深いウーン)ただし、倫理に反しなければ、あるいは、権力への忖度でなければ。
 「制服」って権力への忖度でしょう、と言われますか?「忖度」で着ている人はいません。
着ないと、罰せられるからで、制服が嫌な人は、その制服の枠外に居ればよい。アウトローですね。その範囲が、昨今、段々、狭められている感じがするので、私ら、反抗世代は、世の中、居場所がなくなるような、嫌な感じがするのです。基本「揃いたくない」
 「踊り」について、橋本治さんが「知性の転覆」(朝日新書)という本の中で、秀逸な例を出されています。(この本の中で、橋本さんの自分の位置づけは、ものすごく、自意識過剰なので、そこへの感想は別項として)「踊り」の例を引用させていただくならば、「阿波踊りがあまりに整然と『揃いすぎて』いる」と述べています。「そこには、『個』を消して『全体の美』を作り上げるという主張があるようにみえる」と。もちろん、整列ならば、北朝鮮の軍隊や、かつてのナチスの行進に、枚挙の例がないですが、「踊り」は行進じゃないだろう、と思う訳です。同じような、嫌な感じを、私は「YOSAKOIソーラン踊り」にみます。また、近年の、TVでのヒップホップ系のグループの踊りも「整然ではない」ようですが、今度は、筋肉体操にしか見えない、という問題があります。(およそ、芸術とは程遠い)
  逆に、黒人の人達のゴスペル合唱団などは、同じ動きを、それぞれが主張しながら歌う
(という感じわかるでしょ)ので、パワフルで、美しいのです。揃っていながら、個が埋没していない。同じような例で、橋本さんは、日本の古典芸能を挙げています。「三味線、鼓,
謡、笙、篳篥(ひちりき)などが指揮者もなく、戦いのように自分を主張することで、そこに、なんと『美』が生じる」という。洋の東西を問わず、また新旧を問わず、「揃えばいい」「揃ってないからダメだ」ではなく、そこが差です。
  さて、「制服」ですが、(着るなら)揃って着てこそ「きれい」。でも、個性は主張してほしい。-「着くずし」ではなく、きちんと意見で。

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アリ バトゥータ
年齢・性別・国籍-不詳
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