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政権末期

ノアザミ

また、また 高橋純子氏がやらかしてくれた(いい意味で) なので私には書くことがない。
これ以上には書けない。 6月24日付け朝日新聞「『私たちの』憲法です『うちの』国じゃないのでね。」を読んでください。

いやいや(嫌じゃないです) 人任せで意見を言うなんて、私はなんて姑息。同じ意見
でも何回も繰り返して言わねば。知識人や記者たちだけに、意見を言ってもらうので、彼らの身に危険が及んだり、逮捕されたりするのだ。私のような一般人が言わねば。

中国では湖北大学の梁 教授が「共産党の政治規律に違反し、社会に悪影響を与えた」として党籍はく奪と学生への指導資格取り消し処分が決められた。

そもそもは、彼女が「武漢日記」の作家 方方さんを支持する投稿をネット上にしていたからだ。投稿に対して、批判がいきなり共産党からくるわけではなく、ネット上での多数の批判は、匿名で(!)すぐに大学内(!)の共産党委員会が調査し、大学はすぐに処分を発表。-恐ろしい社会だ。-日本は、まだそこまででは??・行っている。
安倍首相の選挙演説中にヤジを飛ばした一般人が、警察にしょっぴかれたり、精神分析医の香山リカ氏が、講演会を開けなかったり(市が妨害)、中国共産党と同じでしょ。日本。

そうこうしているうちに、6月26日今日付けの新聞では、「河井前法務大臣夫妻の汚職事件」を報じているが、厭きれるのは(厭きれることだらけだが)賄賂を贈っただけでなく、贈られた議員が多数、だけでなく、「いや、もらってない」とウソを述べていた市長が、「実は、150万円もらっていました。」と(正々堂々と)述べる(のは偉い?)ばかりではなく、次には、丸坊主にして、「次の選挙にでて、禊(みそぎ)をうけます」と抜けしゃあしゃあと、言うという、そして、(ここからは、未来です)当選するという、この国。-大きな声じゃ言えません。周り中選挙民だらけなので。


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2020の花見

social distance

「疫病・疾病は単純思考が媒介する」

  「単純思考」とはひどい言い方だが、こういうことだ。現在新型コロナウイルス
が猛威を振るっている。それに対して、もちろん、これは保健衛生上の課題でもあるのだが、一人の病気ではなく大勢の人口に関わる問題なので、政治が重要な意味を持つ。そして、いよいよパンデミックの様相を示してきたところで、中国、日本、アメリカ、そして英・独・仏・フィンランド、オランダなどの旧(とあえていいます)西欧、と旧東欧のハンガリーなど-全部出揃いました。-その対応の仕方。とリーダーのふるまいの違い。

  中国は、「謎の疾病」を秘匿。-私は事実を知りませんが、最近、その証拠が出つつある。それでも抑えきれず、感染が爆発すると、(ここから知っているニュース)武漢を封鎖するという通常の政治手続きではできないことをやってのける。途中で感染者を収容したホテルが崩壊するというお粗末さなど乗り越えて、無理やり抑え込んでしまった(かのように現在みえる)共産主義。もちろん人権無視-ウイルスとどっちがいいんだか、悪いんだか・・

  一方、アメリカは、アメリカ疾病対策センター(CDC)という感染症対策で「世界最強」の機関をもっている。 全米と世界各地に医師や研究者など1万4千人以上の人材を抱え、(軍事的かもしれないが)米国の安全保障のため世界のあらたな病原体や疾病に立ち向かえる」 だから、世界に広がるパンデミックの阻止こそ、その活躍の場であったのに。(以前「世界の警察官」を自称し、世界中に基地を持っていて、わざわざ、海外でアメリカの戦死者を出して、しかも「迷惑」と思われていたことと比べれば、よっぽど感謝されたのに)ところが、トランプ大統領は、まだ感染者が一桁もしくは15人くらいの頃、超楽天的態度でウイルスをバカにし、その専門家の意見を軽んじ「アメリカファースト」という自国選挙民対策のキャッチのみで、乗り切れると思った。ららら・・愚民政策
「温暖化対策」とまったく同じ構図(だから、怖い)

  中国・アメリカと比べて、世界の歴史(ペストやコレラも含めて)を体現してきた欧米諸国は、その点、冷静だ。イギリスや北欧の国々は、一見、何の対策も施さないようにみえて「人口の一定程度が罹れば、ウイルスは沈静化する」という知見のもと「ただ、じっと耐える」式であった。国民がそれで納得するところが国民の見識もハードというか。しかし、ジョンソン首相も感染する事態になって、こんどは、「外出禁止命令」を出し、これも、ロンドンの大多数(あの、議論好きの、うるさい奴ら)が黙って耐え忍ぶ、という。多分、第二次大戦中のナチスドイツの空爆に耐えたことを思い出しているかもしれない。


  そのドイツは、いまやナチスドイツではなく、旧東ドイツ出身のメルケル首相だ。
彼女は、理性的な現実主義で「感染ピークを予想し、6月以降かもしれない。と判断し、
感染の広まる速度を遅らせることに焦点をあてた対策が取られ始めた」-(多和田葉子のベルリン通信4月15日 朝日新聞)さらに、「弱者のために若者が外出を控えるように」という呼びかけに、若者も応じた。 (ホームレスや難民や被介護者に、なんの対策も取られない、どころか、こういった呼びかけもろくにされず≪一部NPOなどが呼びかけをしています)若者=“ばか者である国”=日本とは大違いだ。)「メディアを通じて、短期間に議論が深まったせいで、個人の自由を規制されることが嫌いな国民(ドイツ)であるにもかかわらず、強制的な規制を上回るスピードで個人の納得した行動が追いついた」、と多和田さんは述べている。
 一時は、ポピュリストの政党になびいていた国民が、ウイルス研究所や科学者たちの意見を参考にしながら次々に具体的な政策を発表する-「理性の最大公約数」を語りかけていた-首相に、信頼を取り戻した。と多和田さんは書いている。

 そう、「理性の最大公約数」という言葉、覚えておこう。それが政治であるべきだ。
それは、ウイルスにも効く。

「勝つ」のではない。以下、言わない方が、終わり方としてはいいのだが、言っておこう。このパンデミックが収束した時、必ずや「ウイルスに人類が勝った! 証としてオリンピックを開催する」とか言うバカがいるだろう。-そういう首相を選択する国民は不幸だにゃー。

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暇で退屈な若者を生み出す国・つづき

枯草に雪の華 枯草に雪の華

   さすがに2週間の学校閉鎖になると、最初はうれしかった休みも1週間で飽き飽きしてくる。またもっと深刻なのが、イベントの中止で仕事がなくなったバンド、オーケストラ、演劇、動物園、ディズニーランドなどなど。商売あがったりで、どうにかしよう、となると動画の配信だーと気づく頃。学習塾は、ここ幸いと授業をやるところと、休むところ。そして、学習系が一番適しているのだが、動画配信による学習指導である。商売にはなかなか結び付かないが、コマーシャルの役目は果たせば、学校が再開されてからでも新規顧客がつくかもしれない。-が、私がいいたいのは、学習面ではない。逆に受験に関しては、いい加減にしろよ、といいたいくらいだ。ここで2週間学校が休みだと、「受験はどうしてくれるの!」と息まく母親など見たくもない。「そんな程度かよ、お宅のガキは」といいたくなる。
  私が言いたいのは、ともかく、普段と違う生活を余儀なくされることで、今までは触れなかった動画でも、人でも、場面でも、そんなことがあれば素敵だな、ということだ。例えば、舞台の映像化もなされている。メトロポリタン・オペラの映像化も、すでにされているし、現在「リーマン・トリロジー」という舞台の映画も上映中だ。これらも、家に居ながらにしてみれば,最高だが、やはり映像だから、子供がゲームやりすぎなのと同じこと(では断じてないが)で、目が疲れるばかし、というところは確かに同じ。
  朝日新聞の連載エッセーの伊藤 理佐さんの「いいこと みっけ」の回にあったように、子供同士が道路で遊ぶのを久しぶりにみたり・・・(車のおじさんに怒られて終わってしまったそうだが)して感動。私の周りでは、「昔は、子供は家事に忙しかったから、暇なんてありえなかった」という声しきり。ともかく、時間ができても、子供が暇を持て余すような、
そんな教育しかしてこなかった私たちが、教育の質を貶めていたんだ、と気づいた?
どうせなら、学校がない方が、いいかも。・・・

  というわけで、安倍首相の独断と即決で要望された「学校2週間休止問題」への
非難に対する,私としては珍しい擁護論でしたが。やはり、政治上では私は非難します。
  「非民主主義国とより民主的な国とを比較して、ここへきて、中国の武漢では、新型コロナウイルス対策が功を奏したような感じがし、日本の一般の人々は、「では、安倍の『-宣言』は正解ではないだろうかと思うキライがないわけではなくなりつつあります。が、感染症対策には、非常事態宣言を含めた より権威主義的な国の方が有効な対策を打ち出せるのか。-そんなことはない、と政治学者たちは言います(参考/北海道大学 吉田 徹氏 /堀内 進之助氏 政治社会学者・・)堀内氏は、中国と欧米、あるいは技術革新と全体主義といった単純な比較はできない、といいますが、吉田氏は、「(民主主義的な国は)情報が発信され、議論され、個人が判断できる。フランスやイギリスは、志望者の急増や死亡者の数は高騰していますが、比較的、社会が落ち着いているのは、政府に対する信頼度が高いから。」と述べています。(対して、武漢の作家 方方さんがブログ日記で綴っている日常の悲惨さ) 安倍さんが、トランプ大統領や習近平首相を見習うことが多いのは残念です。

で、話を戻します。学校って何するところ? 一方で、受験の心配は過度にする。学校は受験しない子供にとっては、単なる保育所? そう、先生の態度はそうでした。学校って「自分の頭で考える子」を育てる。Or「自分の好きなことを追求する場」じゃないのかな? 
 でも、そんなこと言っても、フリーランスの親が、子供4人の面倒を見なくてはならないので、収入が途絶えた、というニュース。あるいは、この休みにマスクを600枚もつくって老人施設に届けた中学生の話し・・などもありますが、今、飛び込んできたニュースは「オランダの若者が高齢者支援の輪」というもの。(3月23日付け朝日新聞) 「オランダでは若者を中心に、外出がしにくくなった高齢者や持病があるひとを助ける動きが広まっている。外出禁止令は出されていないが、学校は閉鎖され、飲食店の営業も禁止された。高齢者らは幹線すると重症化しやすいとされ、外出をできるだけ控えるように呼びかけられている。こうした人々を助けるため、大学生4人がネット上で助け合いを仲介するサービスを始めた。利用者が求めるサービス内容に応じ、事前登録した提供者とつなげるしくみだ。14日のサービス開始から約3万6千人がサービス提供者として登録。大半が大学生という。これまでに少なくとも130件の助け合いが成立した。」

 一方、その新聞記事の次のページには、日本のある~経済大学が、全面広告「本日、ここへ集えなかったみなさんへ  卒業式をライブ中継します」と学長名で。-一体いくらかかる広告なんだか。 こんな風に日本の大学生は甘やかされて教育されているから、オランダの学生のような発想に程遠い、のです。

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暇で退屈で死にそうな子供を作り出す国

kokowadoko?


  このところ、世界は疫病を体験している。まるで世界史の世界。本の中の世界だと思っていたことが現実に起こっているなんて・・一生の間に、思っても見なかったことがおこることが最近多い気がする。災害がおきると「まさか、私が・・・」とみんな一様に、述べるが、本当に、本当なんですね。その気持ち。-これからも、どんな予期せぬ(しかし、ちゃんと歴史上あること。例えば戦争なんて)ことが起こるやら。-ということはさておいて、そこで、生じている弊害が面白い。学校休校、自宅待機、イベント中止などといったことが、次々に発令(まだ、非常事態宣言ではなく要請ですが)されている中で、子供たちは、家でやることがなく「退屈で退屈で、死にそう」なんである。これを機に、自分のやりたいことがやれる!のに。 プラモデルでも、読書でも、漫画でも、TVをみるでも(TV確かに退屈)機織りでも、料理でも、搾乳でも・・・おじいちゃんと縄を綯うでも・・・てなわけはないか。というか、今の日本はそういう文化ではないのですね。逆に、大人が首相にキレている。普段は私も、首相にキレているので、キレたい気持ちはあるのだが、「学校が休みだと、子供の居場所がない!」といって。単に、学校を保育所か刑務所のように考えている大人ばかしってなんなんでしょう。
  小さな子供を預かってくれなければ、働きに行けない、という切迫した事情はわかります。けど、この間、当の首相を含めて、大人は、自分の都合ばかし、主張して、そもそも学校で教えるべきこと、家庭で教えるべきことをやってこなかったつけが、明らかになってしまって、とてもみっともない。そして、コロナ対策も、場当たり的。

  本当に、コロナ対策なんでしょうか?「学校を休校にしろ、人が集まってはいけない」ということで、東京の区立の公園が立ち入り禁止になっていた。(入口にロープを張っただけですが)だから、近所の子供が遊ぶこともできない。なんで??それが証拠に、首相の第二弾の記者会見後(すなわち、予防を講じれば、卒業式も可とか)同じ区長が「よかった、よかった」と言って、ロープを外してた。さっそく近所の子供たちがサッカーをして遊んでた。 この区長なんなの?自分の頭で考えないの? 安倍のいいなり。自分の頭で考えない大人ばかし。

 
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時代に抗う

美 美?時代?


 大学で学生に授業をしても、時代を感じるときがある。それを「年のせいで」とか「時代についていけてない」というのではないかと言われるかもしれないが、ちょっとちがう。
 例えば、こういうことだ・・・先日、イヴ・サン・ローランのデザインモチーフとその実現プロセスについて話す機会があった。 彼は、絵画の収集で有名だが、ピカソやゴッホやモネの水連などの作品に感銘を受けていて、それを服に表現したいと思っていた。モンドリアンの絵画に、インスピレーションを受けた彼は、それを服に再現したいと思ったが、それからがスタッフも大変。生地選び、色をどうだすか、黒いラインをどういった素材で表現するか、(なぜなら、あの線は、ただ引いた線ではなく、色を区分する大事な意味を持っているから。もちろん黒という色もどのような黒か大事である)生地はジャージと決まった。
黒い線も、それぞれの色の部分も、すべて素材をかえていく。それぞれの色の面積比率も
かわっているかもしれない。なぜなら、絵画の四角の面積と人間の体形は違うから。
 さらに、衣服としての着やすさや、コストの問題も(ここでは扱われなかったが内部では考慮されただろう)そうやって、あの(有名な)モンドリアンルックが生まれた。

 時代を感じたのは、学生の感想に「デジタルプリントがなかった時代は大変だったのですね」とあったからだ。まあ、こういうことをいう人は、デジタルプリントを開発した人の努力もわからず述べているわけで、自分がパソコンをつかうときの操作だけで、自分は神のようになんでもできる、と思っているのだろう。

  私が言いたかったのは、「美を感じる心が無かったら、デザインはできない(もちろん芸術も)」ということだ。もし、なんでもデジタルプリントでよかったら、絵画はずべて写し取られれば、プチ!「完了」ということになる。

 なぜ「美」を感じなければならないか、といえば、そうでなければ、私たちの心が、生活が「豊か」にならないからだ、まるで写真のように薄っぺらな(写真というアートを否定するものではありません)生きていても死んでいても同じような世界になってしまうからだ。だから、それを、自分の分野で再現することによって、それは新たなアートに生まれ変わるし、生まれ変える作業をサンローランはやっていたわけだ(その他、多くのデザイナーも)
  それがいいたかったのだが、「デジタルプリントがなかったのね」で片づけられてしまって・・・しかし、私はそんな学生に負けない。また次回、伝えてやろう、川久保玲の服作りの根性を。

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プロフィール

Ali  Batoota 

Author:Ali Batoota 
アリ バトゥータ
年齢・性別・国籍-不詳
関心事は、ファッション、政治、教育、言葉、生物、映画-なんでも

but,I have my own opinion.

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